カテゴリー[雑記帳]

今年も野登小学校の三年生を対象に手もみ茶体験を行いました。

9月に私の茶畑で手摘み茶体験をやってくれた子供たちです。

この行事はもう大人になった息子や娘たちが小学校にいた頃からの取り組みですので、もう十数年になります。

ここ何年かは手揉み茶亀山市茶業組合の事業として行い、三重県手もみ茶技術伝承保存会のメンバーにも手伝ってもらいながら続けています。

 

最初は何をやっていいのか分からず散漫な感じでしたが十数年がかりでだんだん形になってきたかなーとは思っています。

 

今年は初めてパワポを使ってみたり、手もみ茶をもむだけではなく、授業の中で初めて手もみ茶を飲んでみました。

 

急須で淹れた亀山茶は子供たちに美味しいと大変好評でした。

 

 

子供たちはワイワイとお茶を楽しんでいました。

 

以前は子供たちが勝手に二煎目だけでなく三煎目、四煎目、五煎目と勝手に飲んで騒いでいると「これが学級崩壊というものか」ニヤニヤと内心は頭を抱えていました。

 

最近は楽しんで飲んでいるならそれでもいいかという具合に意識がかわってきました。

 

子供たちはお茶を飲んではワイワイ、手もみをやってはワイワイと何をやっても楽しそうです。

 

生活へのプレッシャーがないからとも思いますが、自分も持っていたであろうそのマインドを取り戻したいと50代半ばにして思うのでありました笑い泣き

歌舞伎で言う「童の心」(わらべのこころ)を大切にしたいです。

子供たちにまた会えたのでうれしかったです。


敷き詰めた手もみ茶全体に氷をのせ、湯を少量注いだ氷出し

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中日新聞に掲載された記事

 

先日1月17日に手もみ茶練習会を行いました。

三重大学の大学院生を招き

三重県手もみ茶伝承技術伝承保存会のメンバーは

私を含めて3人総勢5人の少数精鋭で一つのホイロを囲みました。

 

4月に家の前の茶畑に手摘みに来てくれた

 

お礼も兼ねて行いました。

その時と同じように地元のケーブルテレビのZTVと

 

中日新聞が取材に来てくれました。

店舗のバックヤード裏で行っています。

手もみ茶を私が習い始めたのが30年以上前

保存会に入って本格的にやりだしたのが

20年以上前になります。

手もみ茶は通常3人で5時間がかりで500g程度しかできない上に

その価値を伝えるのが難しいので値段をつける時には

非常に高価なものとなり

 

市場流通がされにくいものです。

観光や体験としてするにしても

 

時間や手間のかかりすぎます。

私自身も手もみ茶というものを

 

どう取り組んで良いのか迷っているところもあります。

というような非常に難しいテーマを三重大学の学生や院生に

投げかけているつもりなのですが

そんなこちらの気持にはお構いなしに

院生たちは手もみに興じていました。

昨年も訪れていただいて練習会2回目の院生は

さすがに勘どころを捕まえてうまくやっていました。

昨年もZTVが来てくれましたが昨年は学生には

カメラ回してインタビューしていたものの

私にはカメラを止めてインタビューしていました。

「何か、良いことをかまずに言わなきゃっ!」と

身構えていた私は拍子ぬけしましたニヤニヤ

今回はそのことを思い出し

「昨年の大ヒット映画じゃないけどねー

『カメラを止めるな!』と言いたかったよねー」

などとZTVのスタッフに軽口を叩いていたせいか

カメラ回してインタビューしてくれました。

それはそれでめちゃくちゃ緊張しました。

うまく編集しとくからと言われて

まぁなんとかなりましたが。

「カメラを止めるな!」との抗議の末やっと実現した私のインタビュー

 

しかしながら今度は中日新聞には私ではなく

学生を指導する若手20代の若手が写真に収まっていました。

どうしてもメディアは50代のお肌よりも

20代のプリプリお肌にこだわるのねと思った次第です真顔

 

 

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あけましておめでとうございます。

写真は12月に降った雪の模様ですので

今じゃありません。

正月らしい画像がなかったので

雪景色にしてみました。

 

 

昨日から本格始動しております。

とはいえすでに5日、6日と

お茶の試飲販売も行い

昨年と変わらぬご愛顧を

いただき、まずは

ほっと安心いたしました。

 

 

特に昨日の7日は私の周りの方々からも

いろいろ連絡入りまくりで

世間は猪突猛進してるなぁと

感じいる今日この頃であります。

 

 

それで、下の画像は

昨年暮れからの

マイブームで

サーモスのポットと

ハリオのボトルを併用して

手間や無駄なく

オシャレ?に

ほうじ茶や紅茶を

楽しんでいます。

 

またプログにて微に入り細に入り

解説いたします😁

そんなのもうわかってるよ

と言わずに

また見てやってください😭

画像に含まれている可能性があるもの:空、雲、山、雪、屋外、自然
画像に含まれている可能性があるもの:空、屋外
写真の説明はありません。
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12月に入ってからスーパーサンシの亀山エコー店で

お茶の試飲販売を行いました。

 亀山エコーは私が小学6年生の頃にできた

昔ながらのショッピングセンターですが

ここの中で働くことになろうとは40年前には

思いもよりませんでした。

 40年前には想像できない亀山エコー内で働く私

当時、鈴鹿にハンターというショッピングセンターが

ありましたので

郊外型のショッピングセンターの

流行った頃だったのでしょう。

亀山市内にも亀山エコーができました。

河岸段丘を利用した地形で

上からも陸橋を使って

徒歩で入れるところが

ものすごく画期的だなぁと思いました。

 

まだエレベーターすら珍しかった

 

田舎の子供には夢のような施設でした。

 

私は地元の高校に進学しましたので

さらに身近な存在だったと思います。

高校の頃80年代前半のアイドルブームの時は

何人かのアイドルが訪れていました。

私が覚えているのは人気絶頂だった

イモ欽トリオの長江健次さんが

熱狂的なファンの集団に押されて

ステージ後ろの溝にはまったという事と

高校の学園祭の時にクラスの友人と

買い出しに来た時に、

現在はテレビのコメンテーターで

当時はアイドルの三田寛子さんが

ミッション・イン・ザ・ミッドナイトという曲を

歌っていたのを覚えています。

 

今も好きな曲なのですが、なかなかネットで

検索しても出てきませんねニヤニヤ

長江健次さんが溝にはまった屋外ステージのあったところ

 

 

エコーの一階にはドムドムバーガーがありました。

私が初めて食べたハンバーガーでした。

外側がアルミの紙に包まれていて

蒸れて柔らかくなっていました。

それがハンバーガーだと思っていました。

ケチャップのように酸味のきいたソースが

効いていて、おいしく感じました。

高校卒業後クラスメイトもよくそこでアルバイトをしていて、

そこで知り合って付き合ったり、結婚した人もいます。

 

エコーに歴史ありですね。

 

今もエコータウンと言って河岸段丘下の

国道1号線沿いにいろんなショップ、

ホテル、居酒屋などがあり、エコータウン周辺で

飲みに行って買い物をして

働いてビデオを借りて

本屋に立ち寄って昼飯食って

気がつけば1日のほとんどをエコータウンで

過ごしていたというようなこともありました。 

 

亀山エコーはノスタルジーと日常生活の

混じった場所なのですねぇチュー

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9月18日にお茶の淹れ方教室をやりました。亀山市茶業組合の事業で亀山市役所の「出前トーク」事業でもありました。阿野田町亀山市東部コミュニティで30人程度の人が集まりました。

珍しくレジュメ等をしっかり用意して言ったので

よどみなくできました。

日本茶インストラクターになってから20年やっとぶっつけ本番の出たとこ勝負で声を張り上げるだけではない、受講者のあまりの静けさに顔から汗の流れないインストラクションができました。

まさにスタートラインに立ったような気持ちです。

今回はお茶と健康について話ししてほしいということでしたので公益財団法人世界緑茶協会のO-CHANETというホームページにエビデンスの示されて良くまとまった「最近の緑茶の効能研究成果 成分別」という一覧表があるのでこれを元に話をさせていただきました。

 

見れば見るほど効能がてんこ盛りで健康にこだわるなら最初に取り組み最後に来るのは、やはりお茶なんだなと改めて思いました。

 

私ももっとお茶の超大量摂取しなければなと思いましたね。

また「カテキン」「テアニン」やってますね。内容は目新しさはありません。

 

その淹れ方教室でも一日5杯は飲んでくださいと言いましたが1日2杯以上飲むと認知症予防に効果があると言う東北大学の栗山進一教授の調査もありますので習慣づけが大事だなと思いますお茶

 

最近、亀山の日本茶インストラクター仲間で流行っている放射温度計です。お湯の温度というよりも器の温度を測るので多少の誤差はありますが、手早く温度が測れるので重宝しています。

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紅茶は緑茶用の急須でも淹れることができる。

 

白茶・紅茶づくりの大活躍の萎凋棚(いちょうだな)の前で

 

台湾に一緒に行った仲間たちと7月につくった紅茶を飲んでみました。耕作放棄地で一葉一葉手摘みされた紅茶はすっきりとして美味しかったです。その時に1月の台湾旅行の時のことをふと思い出しました。

台湾旅行中、以前このブログで紹介した陳さんの農園から山を下ってきたときのことです。タクシー2台に分乗して通訳の人とともに坪林茶業博物館に向っていました。

通訳の人は台湾の生活のことをいろいろ話してくていました。その時にふと大学時代に知り合った台湾人留学生の林(リン)さんのことを思い出しました。私が学生時代東京にいた時に西麻布に新しくできた中華レストランでアルバイトをしていました。その時のバイト仲間に台湾からの留学生の女の子がいました。林さんと言って当時流行っていたピンクハウスのワンピースが好きで毎週違ったのを着ていたので、ものすごいお金持ちのお嬢様なんだなぁと思いました。私は台湾からの留学生ということもあって興味がわいたので彼女を誘って渋谷で映画を観ました。映画は当時大ヒットしていたバックトゥザフューチャーでした。
その後も林さんとはバイト仲間のままでした。林さんは新しくできた同じレストランの吉祥寺店に移っていったのでその後は疎遠になってしまいました。

タクシーの中でそんな話をした後

「林さんはきっと台湾で今も裕福暮らしているだろうな~『たいぞうの作ったお茶 ならいくらでも買うよ』って言ってくれないかな。」などと言ったらタクシーの中の女性陣が「結局カネかい!!」と言って全員ズッコケていました。

そんなことを思って言ったわけじゃなく昔のよしみで台湾に行って勉強をして、お茶をつくったと聞いたら林さんは喜んでくれるかな~と言うぐらいの気持ちで言ったのです 。

.ともかく台湾で突然懐かしいことを思い出しました。そんなことドラマの回想シーンだけだと思っていましたけどチュー

坪林茶業博物館ではいろいろな展示の中で烏龍茶の製造機械のミニチュアが良くできていました。

 

 

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「うまいんぢゃ」という名前のお茶は亀山市西町にある岡田屋本店さんのために作ったお茶です。

岡田屋本店は私の叔母の嫁ぎ先で、「うまいんぢゃ」を作った20年以上前は、私より4歳年上のいとこの岡田昌(おかだまさる)くんが店主をしていました。
岡田屋本店のオリジナルティーを作ってもらいたいということで作りあげました。
お茶は素朴な亀山の煎茶という感じです。煎茶の王道といったところでしょうか。

「うまいんぢゃ」の新しいラベル

 

名前は私が考えました。岡田屋本店らしい遊び心のあるネーミングにしたいと思い、いろいろと考えている中で製茶工場から車をバックさせて出るときに
ふと思いついたのを今でも覚えています.。

岡田屋本店にあったプリントごっこを借りて長い間ラベルを作っていました。家内が描いたイラストをもとに一枚一枚刷りました。微妙に違う色のラベルができました。その後プリントゴッコの部品が生産中止になりパソコンのプリンターで刷るようになりました。なのでその後は同じデザインのラベルになりました。

プリントごっこで刷っていた旧ラベル

その昌くんも10年程前に若くして癌で亡くなりました。
亀山市内のお酒と食品を扱うお店の後を継いでからそのお店を自然食や伝統食、伝統的なお酒にこだわった品ぞろえで根強いファンをつかみ、また様々なイベントを毎日のように仕掛けていました。そうして月の庭という自然食レストランを作り自然食を提供しライブも行うそのお店は多くの人に愛されました。

昌くん自身も舞踏や音楽・執筆・社会活動などなど私も全部は知らないぐらい、いろいろなことをやっていました。

昌くんが亡くなって10年経った今でも彼の人脈やつながりの人達に会ったり一緒に仕事をしたりすることが多いです。本当にこの人もそうか、あの人も、その人もって感じです

いとこなので生前はあまり感じてなかったですが、時間がたつほどものすごい人だったのだなぁと思います。

三国志で例えるならば「死せるマサル生けるタイゾウを走らす」

(死後10年以上にわたって)
というところでしょうか。

20年以上ぶりの新ラベルでいろいろ思うところがありました。

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2月初旬に私の母校でもある地元の野登小学校の三年生対象にお茶の淹れ方教室を行いました。亀山市茶業組合の事業の一環です。

 

恒例となっている手もみ茶体験もやりました。

 

亀山市内の三年生はお茶の学習をすることになっていますので毎年野登小学校で行っているのですが、今年の三年生は9月に私のお店に手摘みに来てくれたり、亀の市(かめのいち)という農産物直売団体での給食試食会にも招かれてご縁が深かったですね。

11月に亀の市の生産者として給食試食会に招待されました。

 

人数も14人と少人数で親しみがわきました。そのせいかいつもの年よりスムーズにできた気がしました。日本茶インストラクターの中ではお茶の淹れ方の説明をするのをインストラクションというのですが、以前はあれも教えなきゃ、私は生産者だから栽培や製造のことも・・お茶をうまく淹れるにはこれは教えないとといっぱいいっぱい詰め込んでいました。それに目を離していると勝手に五煎目、六煎目と飲んでいくグループがいると私の指導力不足でプチ学級崩壊状態になっているーーーと自分を責めていました。しかし10年以上お茶の淹れ方を行ってきて、なおかつ直売所で濃いお茶でも渋いと言わずに飲み干す幼児、台湾での長い時間をかけて何煎でもお茶を楽しむ茶芸に接して、そうやってワイワイとお茶を楽しむのもいいもんだなと思えるようになりました。知識というのはどんなに教えても残るものは少ないが楽しんだ記憶は残るのだろうと思いました。

 

うーん頭の中が説教くさ~い、人はこうやって年を重ねていくのですねニヤニヤ

以前はお茶が渋いと感じさせるのはいけないことだと思っていました、今回は最後に熱湯で淹れて濃くて渋いお茶も体験しました。

 

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みなさーん!厳しい寒さ続行中!お元気ですかぁ?
そんな中、市川大楽園は、早々と春よ、来〜い!の春便り作りました。
温かい柿色を、ベースに、なんと今回、ミケ猫登場!まだまだ寒さは、続きそう。
それでもカチンコチンな日々のどこかにひっそりと春は近づいて来てるはず。

イラストの中にも紋黄蝶も飛んでますよ〜。
あったかいお茶でも飲んで、ほぉ〜っとひと息。
しばし心と身体もほっこりと。
どぞ、どーぞ、くれぐれも体調崩されませぬようご自愛くださいまし。

自動代替テキストはありません。
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5月の新茶製造の時期も終わり

新茶が出そろう時期になりました。

今からの時期は

店主の私自身がこの5月に収穫され

私自身で製造したお茶を持って

出張販売いたします。

このブログでも告知いたしますので

ご期待ください。

今年の新茶は暑すぎず

雨もあった天候のお陰か

いい出来のお茶です。

(収穫量は少々少なめでしたが)

 

 

 

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