No. 7 柱時計

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深川屋にある柱時計は 横浜居留地28番にあったチップマン商会(米国の時計輸入商館)を通して明治10年前後に輸入された「NEW HAVEN CLOCK社」の時計です。 八角の輪郭に金ぱく(GILT)の玉縁が付いています。二つのネジを巻くと8日間動く事を売に 定時法が施行された日本に 瞬く間にひろがりました。きっと関宿に最初にやってきた舶来時計のうちの一つです。今年でたぶん135歳になるこの柱時計 今も現役で動いています。1日5分程遅れてしまいますが。

銘菓 関の戸  15個入り   850円~

519-1112
三重県亀山市関町中町387
0595-96-0008

9時~18時 出来上がりから売り切れまで

毎週木曜日定休

No. 6 菓子重箱

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貞享(じょうきょう)元年(1684年)と記された菓子重箱。今から約330年前に作られた物です。斬新な色使いは歌舞伎の緞帳に良く似ています。緞帳の色使いは 江戸時代から定式幕として決まっていました。一般的に黒 柿色 萌黄色 とされ 当時は格式のある舞台にしか使われませんでした。更に 森田座の流れをくむ歌舞伎座等は 黒 柿色 萌黄色の順にデザインされていましたが 市村座の流れの国立劇場等は黒 萌黄色 柿色と順番が違いました。今ある有名な劇場の緞帳を見れば どちらの流れかが分かるそうです。深川屋にあるこの菓子重箱は柿色と萌黄色の間にそれぞれ黒を入れ 当時の流行りを取り入れた とてもお洒落な菓子重箱だったのでしょう。

銘菓 関の戸  15個入り 850円~

519-1112
三重県亀山市関町中町387
0595-96-0008

9時~18時 出来上がりから売り切れまで

毎週木曜日定休

No. 5 銭筒と銭箱

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江戸時代 江戸では金貨が主流 堺は銀貨が流通し 換算レートも毎年目まぐるしく変動するという とても複雑な相場でした。商家の店先には日銭を入れる銭筒があり 今のレジスターの役割を担っていました。深川屋の銭筒は直径約10㎝ 高さ約100㎝の竹筒です。7節もの長さが必要な程 お金が貯まった訳ではなく 繁盛の願いを込め また ハッタリを効かせた大きさなのでしょう。明治になっても使用していたため 今も色々な小銭が中に入っています。前方にある天保通貨は左右二枚の穴の大きさが違います。景気の悪い時代に造った銭は 多少でも原料を少なくしたのでしょう。写真の銭箱は番頭用の小型版。旦那の部屋には一畳程の大きな銭箱がありました。

銘菓 関の戸  15個入り  850円~

519-1112
三重県亀山市関町中町387
0595-96-0008

9時~18時  出来上がりから売り切れまで

毎週木曜日定休

No. 4 燭台

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深川屋の店の片隅にある燭台。蜜蜂の巣で作った型を 金属に置き換えるロウ型鋳物という技法で造られた別府細工です。18世紀後半 広瀬清八 茂十郎の親子のみが手掛けた作品で 基本的に1つのロウ型で出来る燭台は一作のみ。江戸時代にはきっと一対が店先に並んでいたはずですが 今は片方だけが残っています。
一本のロウソクを 明かりのためだけに灯すのではなく 僅かな光の中から生まれる影を楽しんだり 観る者の心までも暖かくする姿。
最近はこの燭台を見て「スカイツリーみたい!」と写真を撮るお客様が増えています。製造から二百数十年。予想もしなかった表舞台再登場です。

銘菓 関の戸   15個入り  850円~

519-1112
三重県亀山市関町中町387
0595-96-0008

9時~18時  出来上がりから売り切れまで

毎週木曜日定休

No. 3 和時計

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江戸時代の日本の時間は 一日を24等分する定時法ではなく 日の出から日の入りまでの昼間を6等分し 日の入りから日の出までの夜間を6等分する不定時法でした。季節によって時の長さが変わり 半月ごとに時計の分銅や文字盤を調節していました。深川屋にある和時計は猫足のついた台時計で約210年前の物です。明治5年(1873年)12月3日 太陽暦への移行で定時法に変わるまで 休むことなく時を刻んでいたのでしょう。

銘菓  関の戸   15個入り  850円~

519-1112
三重県亀山市関町中町387

0595-96-0008

9時~18時  出来上がりから売り切れまで

毎週木曜日定休